路線紹介

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 釧網本線標茶駅から中標津町を経由し、根室標津駅に至る本線と、根室本線厚床駅から中標津駅を結ぶ厚床支線で構成された路線です。1968年には既に"赤字83線"へ指定されていたものの、冬季は零下20度に達する厳しい環境のために存続。1985年には代替輸送が確立されたことで、JR北海道へ継承されつつも1989年4月30日で全線廃止となりました。
 最終的にはすべて普通列車のみの運転となり、本線は上下7本。厚床支線に関しては更に本数が少なく、1日4往復のみの運行。一部の普通列車は国鉄時代に仮乗降場だった駅を通過していました。

スクリーンショット

※画像は開発中のものです。

1.根室標津駅

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本線の終着駅です。知床半島と国後島を望めるほか、全長26kmにわたる砂嘴(さし)が特徴の野付半島へアクセスできます。そしてサーモン(鮭)の名産地。現在は蒸気機関車と人力の転車台が観光用に遺されており、トロッコ列車を走らせる計画があるようです。なお宗谷本線に同じ読みの「士別駅」があったことから、旧国名「根室」を冠しています。

標津線の特徴

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根釧原野を貫く長い直線と、急勾配によるアップダウン。川を渡るために谷底へ降り、鉄橋を通過したらすぐ登る――これが標津線の大きな特徴です。駅周辺を除くと見渡す限り原野の真っただ中で、人家も道路も見当たらない寂しい区間です。
ちなみに根釧台地の面積は約5,000㎢で、福岡県よりやや大きめです(それでもサイズ感覚がおかしくなる)。北海道はでっかいどう。

2.川北駅

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標津川の北にあることから、川北。かつて島式ホーム1面2線の交換可能な駅でしたが、最終的には棒線化されています。跡地は整備されており、キハ22が静態保存されています。メロディーロードという道路があるらしい。

3.上武佐駅

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地名は武佐ですが、既に開業していた近江鉄道の武佐駅との重複防止で、標津川支流の武佐川上流に位置することから上武佐としました(強いな近江鉄道)。当駅の前後は勾配による高低差の激しい直線区間となっており、標津線を象徴する名所の一つだったようです。高倉健さんとも所縁あり。

中標津空港

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上武佐~中標津の中間には、中標津空港があります。民間航空用としては日本最東端の飛行場です。発着便はJALまたはANAによる新千歳発3本、札幌丘珠発2本、羽田発1本です。標津線現役時代は西春別にも空港がありましたが、こちらは陸上自衛隊・別海駐屯地の計根別飛行場となっており、泉川駅・光進駅の南方が広大な演習場となっています。

4.中標津駅

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中標津町の中心駅。厚床支線が分岐しており、3番線から発着していました。現在は中標津町交通センターとなっており、バスターミナル、中標津空港と阿寒バスの営業所、鉄道資料室が入っています。友好都市はなぜか神奈川県川崎市。

各駅紹介

本線

当幌駅:道東のアイヌ語でトホロ(沼・川)が由来とされています。諸説がありハッキリとはしていないようです。

開栄駅:仮乗降場。地区名由来で、開拓と繁栄を願って付けられたものらしい。一部列車が通過。

計根別駅:かつて交換可能駅でしたが、廃止直前に棒線化。筆文字の駅名看板がワイルド。

上春別駅:周囲を防風防雪林に囲まれた、現在でいう秘境駅。周囲は広大な敷地の牧場。

西春別駅:跡地は別海町鉄道記念館となっています。最後まで交換駅として残っていました。

光進駅:秘境駅。前後は急こう配の直線区間で圧巻。ここも有名な撮影地だったようです。

泉川駅:元信号場。こちらも付近には酪農家の建物が点在するのみで、何もありません。

多和駅:仮乗降場。末期は殆どの列車が通過しており、上りは1本しか停まりませんでした。

標茶駅:起点駅。かつての発着ホーム(3番線)は残っていますが、現在は使用停止。

厚床支線

協和駅:板張りの仮乗降場みたいな駅。協信同力で地域の振興を、という意味を込めて「協和」。

春別駅:春別と名の付く駅たちの大元。少ない本数ながらも利用者はそこそこあったようです。

平糸駅:牧場以外なにもないです。糠南駅と似たものを感じます。ホームが現存。

別海駅:別海町の中心駅で、交換設備がありました。実は野付半島も別海町。読みは「べっかい」。

奥行臼駅:駅舎・線路が当時のまま保存されています。別海駅と厚床駅はお互い10km以上離れています。

厚床駅:根室本線との接続駅としては最東端。現在も標津線に関する看板が設置されています。

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